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仙台高等裁判所 昭和23年(ネ)138号 判決

控訴人

福島県知事

被控訴人

鈴木一郞

主文

本件控訴を棄却する。

訴訟費用は控訴人の負担とする。

控訴の趣旨

原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人において、被控訴人は別紙目録記載の田地全部について、控訴人に対し本件許可申請をなし、控訴人はその全部について不許可の処分をした。訴外齋藤平左衞門が訴外小林喜右衞門から賃借していた田地を同人に返還したのは昭和十八年中で、本件田地債貸借とは何等関係ないものである。被控訴人の所有田畑、耕作田畑訴外齋藤の耕作田畑の各面積が控訴人主張の通りであること及び訴外齋藤が死亡し、同人方は現在同人の妻と長女、二女の三人家族であることは何れも爭わないと述べ、控訴代理人において、別紙目録記載の田地全部について被控訴人がその許可申請を為し、控訴人がその全部について不許可の処分をしたこと、訴外齋藤平左衞門の長女が現在産婆を業としていること、訴人齋藤が小作調停によつて被控訴人から賃借することにした畑六畝歩を現に耕作していることは爭はない。訴外齋藤は死亡し、現在同人方の家族は同人の妻長女及び二女の三人になつた。本件土地は被控訴人が応召中同人の母ミツが被控訴人に代り訴外齋藤に期間を定めずに賃貸したものである。同訴外人は本件田地を賃借したので從來訴外小林喜右衞門から賃借していた田地を同人に返還したのであるがその反別は本件田地とほぼ同面積である。被控訴人の自作地二反三畝二十八歩中には小作調停により訴外齋藤から即時返還を受けることとした。本件田地の西側部分は含まない。昭和二十二年法律第二百四十号(控訴人は第二百四十六号というけれども第二百四十号の誤りであることが明かである)によつて改正されるより前の農地調整法第九條第三項の解除若くは解約とは一方的意思表示で契約を消滅させる場合ばかりでなく合意による場合をも含む。即ち、

(イ)  昭和十三年十二月に初めて制定せられた当時における農地調整法の目的はその第一條にあるように「互讓相助の精神に則り農地所有者と耕作者との地位安定、農業生産力の維持增進、農村の経済更生、農村平和の保持」であつたが、終戰後「耕作者の地位の安定及び農業生産力の維持增進」と変更せられ、当初は農地所有者と耕作者との双方の地位安定を掲げたものが現在では單に耕作者の地位安定のみを掲げて所有者のそれを除いたのは社会状勢において地主の地位は強大に過ぎ小作人の地位は余りにも弱小なるが故にボツタム宣言の趣旨を顯現すべく、農村民主化のため地主を抑制し、小作人を擁護することとしたのである故に同一法文でも終戰前のそれと後のそれとは客観社会状勢の変改に依つて自らその解釈も異らねばならぬ即ち同法が昭和二十年、同二十一年、同二十二年、と終戰後連年改正せられ例えばその第九條が改正の度毎に小作地の取上について、公権介入の機会を增し耕作者の保護を厚くした如きは如何に同法が耕作者の地位安定に努めているかを如実に物語るものである。用語を観念にのみ捉われて法本來の目的を逸するが如き解釈は、許さるべきではない成る程昭和二十二年法律第二百四十号に依つて改正せらるる前の同法第九條第三項は單に解除若くは解約を要許可事項とすることを規定し、この解除若くは解約の中にはその合意による場合をも含む旨を掲げないために往時の用語観念に從えば原審の如き見解を許さるべきも昭和二十年第一次改正後においても尚斯の如く解するに於ては地主は依然として強大なる地位を以て弱小なる小作人に臨み合意の名に隱れて解除若くは解約を為し、不許可にて土地取上の脱法を敢行することを防ぐことが甚だ困難となり法の目的が阻害せらるる結果を招來するに付斯樣な解釈は斥けられ「解除若くは解約」とは一方的意思表示に依る場合のみならず合意の場合も包含するものとせらるべきである。

(ロ)  一方的意思表示に依る解除解約も合意による解除解約と共に耕作権を失はしめ農地制度の混迷を來すに拘らず、堂々とやる前者は処罰の対象となり、隱密の間に行はるる後者は免るるが如きことはあり得ない。無許可の解除解約に対して処罰規定を設けた趣旨よりするも両者を区別する理由はない。

(ハ)  昭和二十二年法律第二百四十号による農地調整法第九條第三項の改正は、新に一條を設けたものでなく、從前の「解除若くは解約」の次に(合意による場合を含む)とした丈である。即ち新に規定したのではなく從來の文言を註釈したのであつた。「解除解約とは合意の場合を含む意味であつたが用語上不明瞭故註釈した」に止り從來含まなかつたものを新に含めたものではない。法文用語の技術例において從來無かつた規定を改正して新に設ける場合においては別に一項を新設するか又は但書を加えるかするのであつてかくの如く從來の規定の中間に括弧を挿入することはないと思う。此の点よりするも此の括弧挿入によつて初めて合意解釈も要許可事項になつたのでそれ以前は要許可事項ではないという見解は斥けらるべきであると述べた外原判決事実摘示と同一であるから茲に之を引用する。

(立証省略)

理由

別紙物件目録記載の田地は被控訴人の所有でその自作地であつたが、昭和二十年二月から訴外齋藤平左衞門がこれを小作していたこと、昭和二十二年五月二十三日被控訴人と齋藤との間に

一、齋藤は被控訴人に対し別紙目録記載の田地の中西部より半分を同日限り返還すること、但し地形上等分に分割出來ない場合は面積の少い方を返還するものとする。

二、被控訴人は齋藤に対し右田地の残部を從前通りの小作條件で昭和二十三年十二月末日迄引続き賃貸すること。

三、被控訴人は齋藤に対し

伊逹郡大枝村大字川内字長割十一番地

一、畑三畝三歩

同字十二番

一、畑二畝二十七歩

を地方長官の許可を條件として昭和二十四年五月末日迄賃貸すること、

但し小作料は適正小作料とし毎年七月末日限り支拂うこと

四、前項の畑地に現に被控訴人が耕作している麥作は同人に於て收穫すること

以上のような小作調停が成立し、裁判所の認可決定があつたこと被控訴人が右調停條項(一)に基ずき別紙目録記載の(一)田地の中五畝二十二歩及び、同(二)の田地全部の返還を受け、同條項(三)に基ずき同項記載の二筆の畑を賃貸したことは本件当事者間に爭がない。よつて右調停條項(一)、(二)の意味を審べて見ると、本件田地は元來被控訴人の自作地であつたものを昭和二十年二月から訴外齋藤が耕作することになつたのであることは前記の通りであつて、原審証人鈴木常之助、鈴木喜一、当審証人鈴木ミツ、鈴木留右衞門、齋藤トメの各証言及び原審の原告本人訊問の結果によれば被控訴人方では昭和十六年十二月四日被控訴人が応召入隊して以來手不足のために供出も遅れ勝となり、被控訴人の復員する時期を予測することもできなかつたので昭和二十年に被控訴人の母ミツが訴外佐久間貞吉及び訴外鈴木留右衞門の仲介で被控訴人に代り本件田地を訴外齋藤に賃貸したことを認めることができ以上の経過と原審証人鈴木喜一、当審証人鈴木ミツの各証言、原審の原告本人訊問の結果によれば、右被控訴人と訴外齋藤との本件田地の賃貸借は被控訴人が帰還するまで賃貸する約定だつたことを認めることができる。原審証人鈴木常之助、当審証人鈴木留右衞門齋藤トメの証言中右認定に反する部分は信用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。而して当審証人鈴木ミツの証言及び原審の原告本人訊問の結果を綜合すると、本件田地の返還期は右に認定したように被控訴人の帰還の時と定めてあつたのであるから被控訴人が昭和二十年八月三十一日に帰還したときに返還期が到來し、それで被控訴人が屡々その返還を求めたのに齋藤が之に応じないので昭和二十一年度は齋藤の小作するまゝに任せておき昭和二十二年三月になつて本件調停の申立を為し前認定の調停が成立したのであることが認められ右認定を動かすに足る証拠はない。以上の経過に徴すると右調停の経過において本件田地の賃貸借の期間は被控訴人の帰還によつて到來したけれども被控訴人が農地調整法第九條に從い適法な更新拒絶をしないで昭和二十一年度を過して了つたため右賃貸借が更新されて期間の定めなく賃貸したものとみなされたが結局右田地を二回に分割して返還させることとし、西部の半分については調停條項(一)において賃貸借を解除して直ちに之を返還することとし、残部については同條項(二)において賃貸借の期間を昭和二十三年十二月末日限りと定めたことが認められる。而して被控訴人が昭和二十二年九月一日控訴人に対し本件田地全部につき一括して賃貸人の自作を相当とする場合其の他正当の事由があるとして賃貸借解約の許可申請を為したことは本件当事者間に爭がないけれども右許可申請は右田地の中西側半分に関しては賃貸借が合意解約せられておるのであるからこの合意解約について許可を求めるものであり、残りの田地に関しては賃貸借の期間を昭和二十三年十二月三十一日迄と定めたのであるから、その更新拒絶のための許可を求めるものであると解すべきである。右許可申請に対して控訴人が昭和二十三年四月下旬全部について不許可処分をしたことは本件当事者間に爭がない。

よつて右不許可の処分の適否について審理すると、

一、(イ)控訴人は地方長官が賃貸人の自作を相当とする理由の下に農地賃貸借の解除解約を許可する場合には農地調整法施行令第十一條に基準が定められてあるから之に反すればその許可は違法となり、裁判所がその取消又は変更の裁判をすることができるが、不許可の場合については何等法令の基準がなく、法律上地方長官の自由裁量にまかされたものというべきであるからこの場合裁判所は不許可の取消又は変更の裁判をすることができない。もしこれができるとすれば司法が行政に関与し憲法の本義を沒却するというけれども、右許可は農地調整法第九條が農地の取上について一定の制限を設けたその制限を確実に遵守させようとする趣旨のものであるから、右許可を為すかどうかは当事者間の行為が右法條の目的とするところに合致しているかどうかを判断し、合致していると認めるときは許可を与えなければならないのであつて当事者間の行為が右法條の目的とするところに合致しているのに許可を拒むのは不必要に人民の自由を侵害する違法な行為である。從つて右許可については違法がありうるけれども、不許可については違法がありえないという控訴人の主張は採用できない。

(ロ)被控訴人は裁判所の認可決定のあつた小作調停は確定判決と同一の効力を有するものであるから右調停が行政庁の許可を得なければその効力がないということは裁判所の宣言した確定判決の効力を行政処分によつて左右しようとするもので裁判所の確定判決に対し行政庁が最終の裁判を行うことになるから右不許可の処分は憲法第七十六條第二項に反すると主張する。而して裁判所の認可決定のあつた小作調停が法律上確定判決と同一の効力を有するものであることは所論の通りであるけれども裁判所の認可決定のあつた小作調停について農地調整法第九條第三項の適用があるかないかの問題は別として、同法所定の地方長官の許可はそれが裁判であるとは考えられないし、又右許可に関しては行政訴訟を以て之を爭いうるのであるから之を以て最終のものということはできない。小作調停について前記法條の適用があるかないかはその法律解釈の問題であつて、右許可不許可が憲法に違背するかどうかの問題ではないからこの点に関する被控訴人の主張は採用できない。

二、よつて進んで前記許可申請を本件調停條項(一)に関する部分と同(二)に関する部分に分けて審べて見ると、

(イ)右許可申請中調停條項(一)に関する部分は先に説明した通り合意解約について許可を求めるために為したものと認むべきであるが農地の賃貸借の合意解約につき地方長官の許可を要することになつたのは昭和二十二年十二月二十六日施行になつた同年法律第二百四十号の改正以後のことであるから右改正法施行前たる同年五月二十三日に為された右合意解約には地方長官の許可を要せず被控訴人は無用のことをしたに止まり、控訴人は右申請を右説明の趣旨に從つて処理すべきであつたのに不許可の処分を為したのは違法であるといわなければならない。控訴人はこの点に関し右のように解釈することは

(1)農地調整法が連年改正せられ同法第九條が改正の度毎に耕作者の保護を厚くし、耕作者の地位安定に努めている。同法本來の目的を逸し用語を観念にのみ捉われて為す解釈である。

(2)一方的意思表示による解除解約も、合意による解約も共に耕作権を失わしめ農地制度の混迷を來すことは同じであるのに、同法第十七條の五第三号の解釈上堂々と解除するものは処罰され、隱密の間に之を為すものは処罰を免れるような不合理な結果となる。

(3)右改正法において同法第九條第三項の「解除若くは解約」の次に合意解約を含むと括弧して挿入したのは右法條を改正する趣旨ではなくて從來から合意解約を含む意味であつたものを用語上明瞭にする趣旨で註釈したものであることを誤解したことになると主張するけれども、農地調整法が順次農地改革の線に沿つて改正せられたことは所論の通りであるけれどもその各改正法は自らその固有の段階をもつていたと考えられるから個々の改正の各段階においては各々その法律の持つ固有の限度を超えて解釈することは許されないと考えるべきであり、合意解約と一方的の意思表示による解除又は解約とは等しく農地取上の結果を生ずるとしてもその法律的性質もその方法も全く異るのであるからその一方が処罰され他方が処罰されなかつたからといつて必ずしも不合理ではない。又同法第九條第三項の解除若くは解約の下に括弧して(合意解約を含む以下同じ)と附加したことが法律の改正を為す趣旨であつたか否かは別とし右文言は昭和二十二年十二月二十六日の改正法と共に施行せられたのであるから、それ以前にはその文言がないものとして合理的に解釈すべきであるが右法條中右文言は同條第三項にのみ附加され第一項には附加してないのであるから、右文言挿入の後は第一項と第三項とではその解釈を異にすることになるのであるが右文言の附加される以前からこのように解釈することが合理的であつたと考えることはできないもし合意解約の名にかくれて地主が小作人から不法に農地を取上げるようなことがあるとすれば、それは合意解約の効力自体が問題とせられるべきである。以上の理由により控訴人の前記主張は何れも採用することができない。

(ロ)右許可申請中調停條項(二)に関する部分は前に説明した通り賃貸借の更新拒絶のための許可を求めるために為されたものと認むべきであるが、小作調停の調停條項において新に農地の賃貸借を為し若くは從來の賃貸借について新にその賃貸期間を定め又は之を変更したような場合の賃貸借も一般私法上の賃貸借と解するのに何等の支障がなく之を除外する何等の規定がないから農地調整法第九條の適用を受けるものと解すべきである。よつて右賃貸借の更新拒絶について正当の事由があるか否かを審べて見ると、本件におけるように家族の一人が応召したためにその労働力に不足を來し已むなくその帰還の時迄と定めて從來自作していた農地を他に賃貸したが間もなく本人が帰還し、賃貸借の返還期が到來したのに賃借人が農地の返還をしないので賃貸人が右農地取戻のために小作調停の申立を為し、その返還期を明確にした調停が成立し、調停條項中他の部分は殆ど完全に履行を終つており、係爭部分についてその返還期が到來したというような場合は農地調整法第九條第一項但書の正当の事由がある場合に該当すると解すべきである。控訴人は

(イ)被控訴人方は從前から農作物の供出を澁滯し常に部落の厄介になつていたので若干農地を減少してその部分を他の精農者に耕作させることになり齋藤がその選に当つたのであると主張するけれども被控訴人が応召以來帰還する迄の間被控訴人方が手不足に悩んだとしてもこのことは農地法においてはそれが特別の事由に基くものとして顧慮しないのが妥当な態度と考えられるし、被控訴人の応召の前又は帰還後において、控訴人の主張するような労力不足の状態にあつたことについては、原審証人鈴木常之助、当審証人鈴木留右衞門の各証言中之に符合する部分は信用できないし、他に之を認めるに足る証拠がない。

(ロ)齋藤平左衞門は被控訴人から本件田地を賃貸することとなつたので從前訴外小林喜左衞門から賃借していた田地を返還したと主張するけれども当審証人小林喜左衞門、鈴木ミツの各証言及び原審の原告本人訊問の結果によれば、齋藤が訴外小林喜左衞門から田を賃借したというのは昭和十九年六月二日のことであつて、当時小林方でも長男が応召し手不足になつたため從來他に賃貸したことがなく同年も自作するつもりでその一部を耕作して施肥していた福島県伊達郡大枝村大字西大枝字道上六番田九畝二十二歩同字十一番の内田三畝合計一反一畝二十二歩を手不足の間耕作して貰うつもりで田植から收穫迄の一切を委せて一時賃貸したのであるが、その賃料のことについて小林と齋藤との双方に不満を生じたばかりでなく、右田地の耕作とは別に齋藤は小林の要求に応じて労力を提供する約束があつたのに、齋藤がその約束を履行しなかつたというようなことから寧ろ小林の方から右田地の賃貸を取り止めることになつたのであることが認められ、右認定に反する原審証人鈴木常之助、当審証人鈴木留右衞門、齋藤トメの各証言は措信できないし、他に被控訴人の主張を認めるに足る証拠はない。

(ハ)被控訴人の耕作面積と稼働労働と、齋藤の耕作面積と稼働労働力を比較するとき本件の田地を齋藤に耕させる方が生産力を高度に保持できるばかりでなく、今この田地を齋藤から被控訴人に返還すると齋藤方は全く田地を失つて到底生活にたえなくなると主張するけれども、被控訴人方の所有農地は本件田地も含めて田四反二畝七歩、畑一町一反二畝二十八歩で、その耕作面積は田二反三畝二十歩に訴外齋藤から返還を受けた田五畝二十二歩及び二畝十八歩を加え三反二畝畑は右所有反別から右調停條項に基き齋藤に賃貸した六畝を控除し、一町六畝余歩であることは本件当事者間に爭がなく成立につき本件当事者間に爭がない甲第四号証の一、原審証人鈴木常之助(次の認定に反する部分を除く、この部分は信用しない)当審証人鈴木ミツの各証言、原審の原告本人訊問の結果によれば被控訴人方は被控訴人(二十八才)妻ミヨ(二十七才)母ミツ(六十才)の三人家族で被控訴人の応召前は全家族協力して前記所有の田及び畑全部を自作しておつたのであるから被控訴人が帰還した今日においては本件田地の返還を受けてもその耕作について決して労力不足の状態に陥るおそれのないことを認めうべく、当審証人鈴木留右衞門の証言中右認定と異る部分は信用できないし他に右認定を覆すに足る証拠はない。尤も訴外齋藤方の家族数は同人が死亡したため現在はその妻、長女及び二女の三名であつて、長女は産婆を業としていること、その耕作面積は控訴人から賃借している本件田一反八畝十七歩の内既に返還した五畝二十二歩及び二畝十八歩を控除し殘約一反歩、前認定の調停により賃借することとなつた畑二筆合計六畝と他から賃借している分を合せて畑一反六畝畑の合計二反二畝であることは本件当事者間に爭がなく前記甲第四号証の一、成立につき本件当事者間に爭がない甲第四号証の二、原審証人鈴木常之助(次の認定に異る部分は除く、該部分は信用しない)当審証人鈴木留右衞門、齋藤トメの各証言によれば、齋藤方の家族は、同人の妻トメは五十一才、長女きみは二十四才、二女さと子は十七才新制中学在学中であつて稼働労働力は長女きみがその産婆を業とする傍ら手傳う外は妻トメ一人であつて昭和二十三年六月に齋藤が死亡する頃迄は当時五十六才であつた同人が農耕に從事していたこと、本件田地を返還しては到底農業のみではその生活を維持することが困難であることが認められるけれども齋藤は前に認定した通り昭和二十年に初めて本件田地を賃借したのであつてそれ以前には昭和十九年に訴外小林喜左衞門から前記田を一時賃借したことがあるに止まり、原審証人鈴木常之助、当審証人鈴木ミツの各証言によれば、右齋藤は元來專業農家ではなく出稼ぎを為し、余暇には農業労働者として日雇稼ぎを為して暮しており、大枝村農地委員会が齋藤を農家と認めたのは同人が僅かに畑一反九畝五歩を耕作していたことによることを認めることができるから前記認定事実に照し、今日の齋藤方は以前に比し本件田地を返還しても尚稍耕地を增加しているのであつて專業農家としては生活が困難であるとしても同家從來の生活方式によればその生活を維持することができないとも考えられないからこの点に関する控訴人の主張も亦之を採用しない。以上説明した通りであるから控訴人は被控訴人の本件許可申請に対し許可の処分を為すべきであつたのに不許可の処分をしたのは違法であるから右不許可の処分は之を取消すべきである。よつて被控訴人の本訴請求は之を認容すべきであつて、原判決のその説明は以上と相異する点があるけれどもその結果において正当であるから、民事訴訟法第三百八十四條、第九十五條、第八十九條を適用し主文の通り判決する次第である。

(目録省略)

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